『若狭留美 過去の物語(0 to 20)』第二章
*はじめに*
・この記事では若狭留美の過去(出生から羽田浩司殺人事件まで)を考察していきます。ただし形式が今までのように論理的に説明をしていく「論説形式」ではありません。今回の考察はミステリー小説のような物語を通して自分の考察を感じ取っていただく、いわば「小説形式」の考察です。直接的に考察を表現していく論説形式の考察と異なり間接的に考察を表現していくため、考察の焦点が不明瞭になってしまうというデメリットもありますが、物語という形式でしか表現できない登場人物の感情・価値観・人間関係の変化を表現できるというメリットもあります。今回はその点を特に意識して描いているで、是非注目してみてください!
・本ストーリーは三つの章で構成されており、全十話の話が全て繋がったミステリー小説形式になっています。所々オリジナルストーリーを組み込んではいますが、コナンの世界観を前提としたうえで原作のネタ・伏線・考察要素を随所に散りばめているので、是非探してみてください!笑
・第一章(第一話~第四話)は「若狭留美の人格形成」、第二章(第五話~第七話)は「羽田浩司殺人事件前編」、第三章(第八話~第十話)は「羽田浩司殺人事件後編」をテーマにしています。第一章は原作でもヒントが少なく、オリジナルストーリーを組み込んでいますが、その後の第二章・第三章に直結してくる細かい伏線をたくさん織り交ぜています。(2020年)10/28~11/24まで3日置きに一話更新していく予定です。
・新しい試みなので感想・意見・要望等いただけると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
第二章「執行」
第五話「潜入」~偽りのボディーガード~
〜黒の組織〜
ラム「羽田浩司は武術力には乏しいが、彼が今や日本の時の人であることには変わりない。さらに資産家の御曹司ということもあって彼の防御は非常に手厚い」
若狭「つまりその防御を直接打ち破るのは骨が折れる上にリスクが非常に高い。よって防御が最も薄くなる瞬間を狙うのが最善ということだろ?ラム」
ラム「フン…では妙策が出来次第報告しなさい、マデイラ」
若狭「了解」若狭の口元が緩む。
〜若狭(マデイラ)の自室〜
若狭「(将棋…。『軍の戦をモデル化した頭脳の格闘技』か…クックック…笑わせるな。高々10の70乗の情報量しかないゲームで勝敗を求めるとは、実に馬鹿げた奴らだ。ありうる全ての手を読んだ上で最善手を指し続ければ必勝出来るつまらないゲーム…そんな高が知れた世界の天才なんざ興味はないが、その無意味な旅に終止符を打ってやるのは清々しい。まずは奴周辺の情報を集めるところから始めるとするか…)」
若狭は凄まじい速さで解析を始め、羽田浩司に関する情報を次々とかき集めていく。メインの仕事日程である対局日程・イベントやメディアに関するサブの仕事日程・さらに私的なスケジュールまで、異次元のハッキング能力により洗い出していったのだった。
若狭「…(行事やイベントに引っ張りだこだな、クククッさすが日本国民に顔が知れ渡った人物だな。こいつも5年くらい前にあの世へ逝かせてやった野間口と同じくらいほぼ休みなしだが…)」
若狭は羽田浩司のメール履歴を確認していく。
若狭「ん?(アマンダ・ヒューズ…外国人か。アマンダ・ヒューズってやつと定期的にあってるみたいだがどういう関係なんだ?)」
若狭「…(80過ぎのアメリカの資産家のようだが、定期的に会って日本の資産家とアメリカの資産家同士で情報交換でもしてるというわけか…)」
若狭「…(どうやら2ヶ月に一回くらいのペースで行われているようだが、会合場所は決まってアメリカ…)」
若狭「!…フフッ(見つけたぞ…お前の守りの盲点を)」
……………
……………
若狭「これで計画はほぼ完成したが、そういえば偽名をまだ決めてなかったか。まあ名前なんざ自身と他者を区別するただの記号に過ぎんが…」
若狭「そういえばコードネームをもらったあの時、ラムが呟いてたな…」
〜回想・始〜
ラム「君もいずれ知ることになるだろう…あの方の側近としてね」
〜回想・終〜
若狭「フッフッフ…烏丸をラムとともに両脇で支える存在か…ならばそれになぞらえるとしよう。KARASUMAからRUMをとって並び替えた『ASAKA=浅香』とでも名乗っておくか…」
次の日…
若狭「計画は完成した。手配を頼む」
ラム「ほぉ〜、それで…見つけられたのか?彼のウィークポイントは」
若狭「ああ、奴はアマンダヒューズという名のアメリカの資産家と定期的に会合を開いている。そしてその場所は決まってアメリカだ。奴が普段日本にいる時は警視庁警備部警護課のSP連中が奴を取り囲んで護衛しており、遠距離からでさえ殺るのは簡単じゃねぇ。だが奴がアメリカに飛び立ちホテルに滞在した時には警護担当が日本警察のSPからアメリカ警察のSS、すなわち大統領や著名人などを警護するシークレットサービスへとバトンタッチする瞬間がある。その直前だけはホテルという密室空間のガードも鑑みてか奴の護衛が日本のSP一人に減る。そこが奴のウィークポイントだ」
ラム「その一瞬を狙うというわけか、だがどのようにそこへ潜り込むつもりだ?」
若狭「まずは我々の下っ端にアマンダを襲わせ………」
…………………
ラム「なるほど…さすがだなマデイラ。必要な人員は私の方で手配しておく…それとこれを使いなさい」
若狭「薬か?」
ラム「我々のラボのメンバーに新加入したDr.宮野が開発した毒薬だ。もう既に何人かに試したが、全ての被験者が死亡。そしてどの被験者の体内からも毒が検出されていない」
若狭「つまり完全犯罪を為し得る致死率100%の毒薬というわけか、暗殺の切り札にでもなりそうな画期的な道具だな」
ラム「フッフッフ、まさに君にふさわしい代物だ…持って行きなさいマデイラ」
若狭「ああ、こいつは頂戴するとして、ラム…一つ聞きたことがある」
ラム「ほう、なんだね」
若狭「最近我々のラボに新加入したとかいうそのDr.宮野のことだ」
ラム「…」
若狭「新加入したとか言ってるが本当の所はラボという名の檻に騙して連れてきて無理やり閉じ込めてんだろ?組織の研究を引き継がせるために」
ラム「…」
若狭「そのラボでやってる研究ってのが何なのか探るためにDr.宮野のことや研究所のデータを探ってみた。研究所のデータベースには人体実験リストのようなものと薬の専門的な反応機構などのデータがあった。特別学校時代に学んだ内容よりも遥かに専門的だったから内容は概略しかみなかったが、染色体の末端塩基配列、テロメアを伸長させる酵素『テロメラーゼ活性』が絡んだ研究をしていることは確かなようだな」
ラム「ほう……話はそれだけか?」
若狭「いや、それともう一つ。Dr.宮野がどのような人物なのか調べていたら興味深いことがわかった。見た目は温厚そうな奴だが、どうやら学会ではマッドサイエンティストとして名が轟いてたみたいじゃねえか。その理由を探りに研究内容を調べてみたが、奴が研究していたのは細胞内に予め組み込まれている機構『プログラム細胞死』、いわゆるアポトーシスという現象を利用した『がんの特効薬の研究』だった…。まさかとは思うがあのラボで研究しているのはアポトーシスとテロメラーゼ活性を利用して」
ラムが若狭の言葉を遮る。
ラム「マデイラ………そこまでにしよう。その話の続きは任務が終わり、20歳の誕生日を迎えた頃にまで取っておこうじゃないか」
若狭「ハッハッハッ、どうやらこの謎解き…いや『ゲーム』もあっさり決着がつきそうだな。フン、出生を祝うとかいうあの馬鹿げた文化か…。まあいい…20歳にして初めての誕生日プレゼント、楽しみにとっておくとしよう」
ラム「楽しみにしたまえ…(フッ、そしてもう一つ…あなたの秘密も教えてやろう)」
〜アメリカ〜
ビル「会議少し長引いてしまいましたね、もう随分日も暮れてしまいましたし」
アマンダ「ええ。でもよかったわ、家(うち)がこの国の孤児救済プロジェクトに出資出来ることが正式に決まって」
ビル「実にアマンダさんらしい活動ですよね」
アマンダ「ありがと。この吉報を早く家族にも届けた…」
帰路の途中、突如として小さな赤い点がアマンダの顔に散らつき始める。
ビル「ん?……!(まさか狙撃か!)」
ビル「アマンダさん、危ない!」
ライフルの銃弾が銃口から発射し、空中を旋回する。ビルはアマンダを庇うが、ライフル弾は防弾ジャケットごとビルの胸を貫いた。
アマンダ「ビル !!(狙撃!…ライフル!)」
アマンダはビルの側に一旦駆け寄ったが狙撃を回避するため、すぐ近くの路地裏に逃げこむがその矢先額に銃口を突きつけられる。
アマンダ「何!?」
1人の男がアマンダに拳銃を向ける。
強盗犯A「よお、アマンダ・ヒューズさん……騒ぐなよ?」
強盗犯B「お前が孤児なんとかプロジェクトとかいうくだらない計画に出資することは知ってんだよ。俺たちも金に困ってんだよ婆さん、その分の大金俺らに渡してもらおうか」
強盗犯C「安心しろ、お前のことは生きて帰してやる…ただしその首は少々借りさせてもらうぜ…へへへ」
〇〇「おい、あなたたち!お婆さんに何してるんだ!!」
〇〇がアマンダの方へ駆け寄る
アマンダ「ダメよ!きちゃダメ!」
強盗犯B「喋んなっつっただろ!!ぶち殺すぞ!てめぇ」
強盗犯Aが〇〇へ拳銃を向ける。
強盗犯A「誰だお前!?死にた…」
強盗犯がそう言いかけた時、〇〇の手刀が飛び出し強盗犯Aの拳術を振り払う。
強盗犯A「な、」
強盗犯B・C「!?」
すかさず〇〇は強盗犯Aの腹へ拳をうち込む。
強盗犯A「ぐはっ…」
強盗犯Aは腹を抑えて抱え込む。
強盗犯B・C「な、なんだお前」
強盗犯B・Cが懐から銃を出そうとした瞬間、〇〇は回し蹴りでそれを防ぎ、右腕・左腕それぞれで強盗犯B・Cの首元をとてつもない力で持ち上げて宙吊り状態にした。
〇〇「なぁ、まだやるか?」
強盗犯Aがなんとか起き上がる。
強盗犯A「こ、こいつただの女(アマ)じゃねえ…退散するぞ!ゲホッ…」
強盗犯B・C「あ、ああ…」
強盗犯達は焦って路地へと消えて行った。
アマンダ「あ、あなたは…」
〇〇「あちらで倒れている方は?」
〇〇は倒れたビルに駆け寄る。
アマンダ「か、彼は私のボディーガードよ」
〇〇「ならば早く救急車を!私は警察に連絡しますから!!」
トゥルルル、トゥルルル
アマンダ「ええ、今してるわ。…だけどおそらくもうビルは助からないわね…彼の防弾チョッキは小さなライフル弾までは受け止められないものだったから…弾は心臓を貫通してしまっただろうし」
〇〇「そ、そんな…諦めちゃダメですよ!」
〇〇は自分のハンカチでビルの体から溢れだす血を懸命に抑えようとするが
ハンカチは緋色に染まっていくばかりだった…
しばらくして通報を受けた警察と救急車が到着した。強盗殺人は未遂で終わったが、アマンダのボディーガードだったビルは死亡が確認された。
〜CAFE〜
事件から一週間が経った午後のこと…
アマンダ「こんな所まで呼び出しちゃって悪いわねぇ…事情聴取以来だわね」
〇〇「この前の惨劇はご愁傷様でした。アマンダさんが軽傷で済んだとはいえ、帯同していらっしゃったボディーガードのビルさんはアマンダさんを庇った時に受けたライフル弾を受けて亡くなったと聞きました…」
アマンダ「ええ…、彼は私を命懸けで守ってくれたわ…。今までの彼と過ごした温かい時間を思い返すと涙が止まらないけど…彼は人生の最後で自分の職務を全うした、彼は紛れもなく真のボディーガードだったわ…」
〇〇「…」
涙を一杯に浮かべていたアマンダだったが、静かに目を瞑る(つぶる)。その後目を開けるといつもの笑顔を取り戻した。
アマンダ「事件のことはもう大丈夫よ。今日はそんな悲しい話を振り返るためにあなたに来てもらったわけじゃないんだから…事情聴取の時からあなたにはまだちゃんとしたお礼が出来てなかったでしょ。今日は私の奢りだから遠慮せず、好きなもの頼んでね」
〇〇「いえいえ、あのときは無我夢中で…当然のことをしたまでですよ」
アマンダ「あなたがいなかったらあのチンピラどもに拘束された上に、仕舞いには殺されていたかもしれなかったわ。あなたはもう1人の命の恩人よ」
〇〇「そう言って頂けるのは光栄ですが…」
アマンダ「今でも鮮明に覚えているわ。拳銃をもった男にびくともせず立ち向かい、凄まじい速さの手刀で彼の拳銃をなぎ払って男が焦っている隙にお腹に強烈なパンチ。その様子をみて懐の銃を取り出そうとした2人のその銃を回し蹴りで払い、強烈な腕力で2人を吊し上げ恐怖の楔を植え付けた。複数の危険な相手を瞬時に制圧する術…まるでこの国が誇るシークレットサービス(SS)に匹敵するほどの武術力でビックリしたわよ」
〇〇「いえいえ、恐縮です」
注文が済んだあと、アマンダが〇〇に尋ねる。
アマンダ「あなた、あなたって…そういえばあなたの名前まだ聞いてなかっわね」
〇〇「あ、いえ…名乗るほどの者じゃないので」
アマンダ「そんな謙遜しなくていいわ。あなたは私の命の恩人よ、名前くらい教えてくださらない?」
〇〇「えっとじゃあ…浅香といいます」
アマンダ「あら『浅香』って日本人なの?」
浅香「いえ実は…あの………アマンダさん」
アマンダ「うん?」
浅香「このこと誰にも言わないと約束していただけますか…」
アマンダ「え?ええ…どうしたの」
浅香「実は私…孤児なんです」
アマンダ「え!?そうだったの…」
浅香「自分では覚えていないので正確にはわからないのですが、私は親に捨てられた子ども……つまり私は『この世に生まれてきたことを否定された子ども』だったみたいなんです」
アマンダ「そんな……でもそれは辛かったわね」
浅香「それで私はある教会で育てられたんですが…」
アマンダ「そうだったの…この国ではそうなることが多いわよね」
浅香「でもそこは表向きは神聖な教会として認知されていましたが…実際は私達孤児に対して最低限の生活を保障するだけで、私たちを労働力としてこき使う檻でしかなかったんですよ!」
アマンダ「孤児の弱みに漬け込んだ卑劣な犯罪行為が行われている所もあるという黒い噂はあったけど、ただの噂じゃなかったのね」
浅香「それで私はなんとかしてその教会から逃れるために教会の倉庫にあった本を長年読みあさって知恵を蓄え、18歳の時脱走を試みたんです」
アマンダ「辛かったわね…それであなたは脱出に成功したの…」
浅香「はい、私はこうして脱走することに成功したんですが一緒に逃げようとしていた仲間が捕まってしまって…。そして教会の聖職者が言ったんです『逃げてみろ、こいつがどうなってもいいのか?お前が逃げて警察に通報でもしたら、こいつもそしてお前の可愛い兄弟達も全員皆殺しだからな。たとえお前が逃げたとしても俺たちはお前を地の果てまで追いかける、お前には逃げる覚悟なんてはなからないだろ。さあ早く戻ってこい…』と」
アマンダは黙って浅香の話を聞いている。
浅香「そしたらその捕まった仲間が『お前たちは行け!俺の分まで幸せになってくれ!こっちは俺に任せて早く行くんだ!!』って叫び出したんです。それで…気付いたら教会の外に逃げている自分がそこにはいて…」
浅香が涙目になって拳を強く握る。浅香を見つめながらアマンダはその震えた拳を優しく包みこむ。
浅香「だから私の名前は本当はないんです、教会では番号で呼ばれていたので…。浅香っていうのは私が一番好きな本を書いた人の名前から勝手に拝借して今考えたものです、嘘ついてすいません」
アマンダ「………そんな辛い話、打ち明けてくれてありがとね浅香さん。…だからあなたはあんなにも強かったの……なんとしてでも教会という檻から脱走するために監視の目を盗んで体術を自力で習得してたということかしら」
浅香「その通りです。すいません、こんな空気にしてしまって…」
アマンダ「いいのよ…本当に辛かったわね。あ、ほら注文来たわよ。とりあえず食べて食べて」
注文していた品が届く。
浅香「こ、これは…もしかしてアフターヌーンティーというものですか?」
アマンダ「ええそうよ」
浅香「本でしか見たことがなかったもので…上品な香りのする紅茶に三段式のティースタンドに乗ったお洒落なケーキ・スコーン・サンドウィッチの品々…私には不相応なものですね」
アマンダ「またそんなこといって…ぐちぐちいってると私が食べちゃうわよ」
浅香「す、すいません。ではせっかくなので頂きます」
アマンダ「仕事はずっとアメリカでしてきたけど、実は故郷はイギリスなのよ。だからこちらに来てからも休みの日にはよくアフターヌーンティーを嗜んでるわ」
浅香「特にどのような紅茶がお好きなんですか?」
アマンダ「最近の私のイチオシは今飲んでるこれだわ。刺激的な香りと奥深い味わいのあるアールグレイのホットティー、現役の頃はアイスも好んで飲んでたんだけど歳のせいか現役を引退してからはずっとホットしか飲んでないわね」
浅香「今は資産家をしてらっしゃると聞きましたけど、昔は別の仕事をしてらっしゃったんですか?」
アマンダ「ええ、そうよ。今はあの頃より色々と衰えちゃったけどね。そういえば浅香さんは今は何を?」
浅香「近くの工場で働いています。社宅があるのでそこで寝泊まりしています」
アマンダ「そうなの…」
アマンダ「浅香さん。実は私ね、孤児救済プロジェクトっていう活動に資産家として参加しているの。恵まれない環境で育った幼き子ども達の尊い命や権利を守る活動なのよ」
浅香「え?そんな活動をしてらっしゃるんですか…素晴らしいですね。孤児達にとってそれはとても大きな希望ですよ」
アマンダ「でも現実…私達は浅香さんやその仲間達のように孤児という苦しい立場でありながらもさらに大人たちに支配され、全ての希望を奪われた子どもたちの幸せになる権利を守ることは出来ていなかったのね」
浅香「いえ…それは仕方のないことですから…」
アマンダ「いいえ」
浅香「え?」
アマンダ「浅香さん言ったわよね、自分は『生まれてきたことを否定された子ども』だって。そんなこと絶対にない。この世に生まれてきちゃいけない子どもなんていないのよ!……まあこんなことは口では簡単に言えること、だからこそ私はこの手でこの信念を証明したいと思っているんだけど」
浅香「…」
アマンダ「それで…これは私からのお願いなんだけどね」
浅香「はい、なんですか?」
アマンダ「あなたをスカウトさせてほしいの、私のボディーガードとして」
浅香「え??そ、そんな…私にはそんな仕事が与えられるような立場じゃありません」
アマンダ「あなたは私達が想像するよりも何十倍もいや何百倍もずっと苦しんできた。それでも諦めずもがいてもがいて死に物狂いで檻から抜け出してきた。それでもあなたがやっとの思いで飛び出してきた新しい世界は個人主義の冷たい社会。養ってくれる親も正式な戸籍もなく孤独に苛まれながらも、生きる術を必死に探して食いつなで生きてきた日々。もういいのよ、あなたはもう十分、十分頑張ってきた。あなたは取り戻す運命にあるのよ、あなたが受けるはずだった、あなたが手に入れるはずだった幸せを。その手伝いを私にさせていただけないかしら。そして全ての準備が整ったら仲間達を助けにいきましょう、みんなで」
浅香「アマンダさん…そこまで言っていただけるのは嬉しいですが…本当によろしいのですか?」
アマンダ「当たり前よ。初めは苦労することもあるかもしれないけど、あなたの実力ならボディーガードの仕事もすぐに慣れて申し分なくこなせると思うわ。念のためあなたの過去は全てが終わるまで家族の方には話さないでおくわ」
浅香「……本当に…ありがとうございます。至らぬ部分もあるかと思いますが精一杯務めさせていただきます!」
アマンダ「悪に染まったあなたの故郷を突き止めて、必ずやその呪いからそこに住む神様とあなた達の仲間を解放させることを約束するわ。そして…絶望の渦の中死に物狂いで生き伸びできたあなたとその仲間たちが本来送るはずだった幸せな日常を私が保障する」
浅香「…」
アマンダ「そんな顔しないで、必ずその時はやってくるわ!その時まで自分達を信じて共に歩んでいきましょう」
浅香はアマンダさんの手を握り、頭を下げた。
浅香「ありがとうございます。アマンダさん、本当にありがとうございます…」
その夜浅香はアマンダの新しいボディーガードとしてアマンダ家(ヒューズ家)に迎えられることとなった。
アマンダ「先日起きたビルのことはとても残念だったけど、代わりにこの女性が私の新しいボディーガードなってくれることになりました。ではお名前を」
浅香「浅香といいます、アマンダさんのボディーガードとして精一杯務めさせていただきます。よろしくお願いします」
アマンダ家の人々は「よろしく」という挨拶をかけながら拍手で浅香をアマンダ家に迎え入れた。
執事「女性のボディーガードとは珍しいですね、ご主人様」
お手伝い「綺麗でとても若い女の子ねぇ…本当に大丈夫?」
アマンダ「あら、お手伝いさん。気にくわないなら…浅香と一戦交えてみる?」
お手伝い「ひぇ…いえそれはやめときます。失礼しました」
ジョン(アマンダの御子息)「浅香なんて珍しい名前だな、日本人なのか?肌は随分と黒いけど」
アマンダ「そうなのよ。まあ彼女のことはおいおい」
ジョン「そうか、まあいいや。浅香さん!母さんの警護これからよろしく頼むな」
…
アマンダ「それじゃ浅香さんはここの部屋を使ってね。何か分からないことがあったら私でも近くにいる人にでもなんでも聞いて」
浅香「ありがとうございます」
バタン。扉が閉まると、浅香は部屋を見渡したあとに携帯電話を開きメールを打った『潜入開始 マデイラ』と。
80代の老婆でありながら聡明で深い優しさを持ち合わせたアマンダ、母の経営をバックアップしながらも自身の技術に誇りをもった職人として輝き続けているアマンダの御子息達、ドジっ子で失敗ばかりしてアマンダに怒られてばかりだがいつも笑顔で幸せそうに仕事に励む執事やお手伝いの人々、そんな色とりどりの人々からなる温かいアマンダ家に浅香はボディーガードとして雇われることになったのだった。そして浅香がアマンダ家でボディーガードを務めて早2ヶ月のこと…
〜アマンダの家〜
アマンダ「浅香、羽田浩司って人知ってる?」
浅香「はい、知っています。今日本で人気の天才棋士でしたよね」
アマンダ「そうよ。実は私、彼の昔からの大ファンなんだけど今週の土曜日にHotelのルームサービスでお茶会をしていただけることになったのよ。ここからだとフロリダ州のホテルに行くまで結構時間がかかるから、私たちも向こうのCocktail Hotelで一泊することにしたわ。あなたにも来てもらうから土曜までに身支度とかの準備は済ませといてね」
浅香「かしこまりました」
〜Cocktail Hotel〜
浅香「長旅でしたが、ようやく着きましたね」
アマンダ「浩司さんはまだ着いてないみたいね。先に部屋に入って休んでいましょう」
浅香「はい、アマンダさんは休憩なさってください。私は門番をしますので」
アマンダ「あら、あなたちっとも疲れてないの。さすがの体力ね」
浅香「いえいえ、若者ならこれくらいどうってことないですよ」
〜ホテル10階廊下〜
アマンダが自室で休んでいると羽田浩司とそのSPがやってきた。
羽田浩司「すいません。アマンダさんに用事があるのですが…」
浅香「初めまして、私はアマンダさんのボディーガードを務めさせている浅香というものです。羽田浩司さんですよね、お待ちしておりました」
羽田浩司「これは失礼しました!棋士の羽田浩司です。前回アマンダさんとお会いした時にはビルさんという大柄な男性がボディーガードを務めていらしたので。本日は浅香さんが担当してらっしゃるんですね、女性のボディーガードの方にお会いするのは初めてなんですが凛々しくてとてもかっこいいですよ。お勤めご苦労様です」
浅香「いえいえ、恐縮です。今鍵を開けますね…」
ガチャ、アマンダの部屋の扉が開く。
浅香「アマンダさん、羽田浩司さんがいらっしゃいました」
羽田浩司「ご無沙汰しています、アマンダさん」
アマンダ「あらお久しぶりね、浩司さん。ただでさえ日々の対局やメディア出演などの仕事でとてもお忙しいというのに、わざわざ趣味の合間に時間を割いてくださってありがとね」
羽田浩司「いえいえ、お気になさらないでください。こちらこそこのような機会を作っていただき嬉しかったですよ、またアマンダさんと会いできるの楽しみにしていましたので」
アマンダ「相変わらず謙虚だわね、浩司さんは。礼儀作法は一級品!清々しい立ち振る舞いよ。ますます棋士としての風格があらわれてきたわね四冠王さん」
羽田浩司「ありがとうございます」
羽田浩司は深々と礼をする。
羽田浩司「では、前回のように私の部屋でお茶会はいかがですか?お互い肩の荷を下ろして故郷の香りを味わいながらゆっくり語り合いましょう」
アマンダ「お言葉に甘えさせていただくわ。早速ルームサービスを頼みましょう」
アマンダは羽田浩司の部屋へ向かう。
浅香「では私は引き続き門番の方に務めます」
アマンダ「ええ、よろしく頼むわ」
SP「羽田さん、私も同様に門番をしています。何かありましたらいつでも連絡してください」
羽田浩司「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
こうして羽田浩司とアマンダは羽田浩司の部屋でお茶会を、一方で羽田浩司のSPと浅香は二人で部屋の門番をすることになった。
2時間後、部屋の扉が開きアマンダが出てきた。
アマンダ「今日は楽しい時間を作ってくれてありがとね、浩司さんが目指す夢へと続く道は果てしなく険しいものかもしれないけど、浩司さんのその探究心と初志貫徹という信念があればきっと辿り着けると私は信じてる。遠く離れたこの地からだけどずっと応援してるわ」
羽田浩司「温かい言葉をありがとうございます。こちらこそお話させていただいて楽しい時間を過ごすことができました。それに…アマンダさんから沢山のことを学ばさせていただいたと思ってます。僕もアマンダさんの夢を遠くから応援してますよ。また聞かせてください、夢の続きを」
アマンダ「ええ、もちろん。お忙しいでしょうけどまたこちらに来る機会があれば連絡してくれると嬉しいわ」
羽田浩司「はい、また2ヶ月後くらいになると思いますが、その時はまたよろしくお願い致します」
アマンダ「ええ、それでは部屋に戻るわね。たくさんお喋りしちゃったし、浅香も少しは疲れたでしょう。一度お部屋に戻って休憩しましょう」
浅香「いえいえ、これくらい大丈夫ですよ」
アマンダ「浅香、あなた無理は禁物よ。そんなこと言わず一度部屋でゆっくりしましょう」
浅香「そうですか…ではお言葉に甘えさせていただきます」
羽田浩司「SPさんも少し休憩なさいますか?」
SP「いえ、私は職務なので結構ですよ。羽田さんは明日の大会へ向けた準備もあるでしょうしそちらに集中なさってください。私がいれば気が散って集中力を欠いてしまうと思いますので」
羽田浩司「そうですか…では私もお言葉に甘えて引き続きお願いします」
羽田浩司が一礼する。
SP「了解です」
浅香とアマンダは元の部屋に戻っていった。
浅香「いつものでよろしいですか?」
アマンダ「ええ、お願いするわ」
浅香が2人の紅茶とコーヒーを用意していた。浅香がホットティーへミルクを入れようとする。
…………………
…………………
…………………
「浅香?」という言葉が徐々に耳の奥で大きく反響していく。
浅香「はい?」
アマンダ「浅香大丈夫?疲れてるのなら、私が入れるわよ」
浅香「いえ、大丈夫ですよ。今入れますから」
浅香がすぐに紅茶とコーヒーの用意をする。
アマンダ「ありがとう、いただくわ」
浅香「私も」
アマンダ「…」
浅香「どうかなさいましたか?」
アマンダ「…いえ、いつもよりも美味しく感じるのよこの紅茶…。浅香、あなた紅茶を作るのも上手いのね。やっぱり神様は浅香のことをしっかり見ていたのよ、浅香のあまりにも不遇な状況を見かねてあなたに天賦を授けたのよ」
浅香「いえいえ、そんなことはありませんよ」
アマンダ「そうかしらねぇ、ここ2ヶ月くらいあなたと一緒に暮らしてきたけどあなたは武術力に秀でているだけでなく、細かい違いによく気がつく高い観察力をもっているじゃない。他にもこの前電気系統の故障で家がパニックになりかけた時もあなたは冷静にその原因を突き止め、電子回路の修復まで一人でこなしていたじゃない。まさか物理学にも精通しているなんて、あの時は本当に感心したわ」
浅香「教会からの脱出を考えていた時に、どんなに小さなことでも何か脱出のヒントになるんじゃないかと思って片っ端から教会の倉庫にあった本を読み漁っていたので…それで無駄な知識もついちゃったのかもしれませんね」
アマンダ「そうだったわね…とにかく必死だったのよね。ごめんね、辛いこと思い出させちゃって」
浅香「いえいえ」
アマンダ「でも意味がないなんてことはないわよ。あなたが必死に身につけたその知恵や武術が私の命を救い、家のパニックを未然に防いだ。それが何よりの証拠じゃない、みんなあなたに感謝してたじゃない『ありがとう』って」
浅香「たしかに、そうでしたね」
…
アマンダ「あら、あなたまたブラック?」
浅香「はい、そうです」
アマンダ「あなたコーヒー飲む時はいつもブラックよね〜、たまにはちょっと砂糖とかミルクでも入れて微糖とかも試してみたら?」
浅香「いえ、甘さは禁物ですからボディーガードには」
アマンダ「フフッ、相変わらずあなたは真面目ね〜。まあボディーガードとしては素晴らしいことなんだけどね」
一泊ホテルで過ごした二人は帰路へ向かい、その後無事家に帰ってきた。
その日の夜浅香は自室で淡々とメールを打っていた『不測の事態により計画延期 マデイラ』と。
その後アマンダはアメリカにやってきた羽田浩司と4回の会合を交わしていた。羽田浩司の今年度の成績はタイトルを防衛するので精一杯。新たなタイトルを奪取することはなく、前年度の成績である四冠王を維持した形となった。一方アマンダは孤児救済プロジェクトの事前活動に精力的に参加し、自らのアイデアと出資でその可能性を大きく広げていた。そして浅香の元には一通のメールが届いていた。
〜アマンダの家〜
アマンダ「浅香、来週の土曜日にまた浩司さんと会うことになったから」
浅香「了解です。場所は?」
アマンダ「Juke Hotelって所よ。この前と同じようにここからはかなり遠いしまた一泊する予定だから、ちょっと早いけどその日の準備もよろしくね」
浅香「了解です」
浅香が自室に戻るとアマンダの元に執事が駆け寄ってきて、耳元で静かに囁いた。
執事「あと一週間で御座いますね」
アマンダ「ええ、いよいよね」
執事「しかし…本当に良かったんですか?『Happy Birthday to you』じゃなくて…確かにあの曲はアメリカ国民にとっても思い入れの深い名曲ですけど…記念ということならなおさら定番の方が良いんじゃないかと思ったりも」
アマンダ「あら執事さん、まさか練習が嫌になっちゃったから簡単な曲に変えてほしいとでもいいたいのかしら?」
執事「いえいえ、決してそんなことはございませんよ!でも一生に一度の記念ですし、生誕を祝うならやはり変化球よりもストレートの方が良いのではないかと思うこともありまして…」
アマンダ「さっきのは冗談よ。でも曲の方はこれでいいのよ、特別な記念なんだから普通の曲じゃあつまらないじゃない。もう著名なオルガニストとの契約も結んじゃったし、そんなこと気にせず私たちも練習しましょう」
執事「そうなんですね、失礼しました…でもアマンダさん、私も楽しみにしていることは変わりありませんよ!お手伝いさんと一緒に頑張って練習してきます」
〜浅香の部屋〜
一方浅香は自室でメールを打ってい『○月○日土曜日Juke Hotelにて暗殺を執行する マデイラ』
そして迎えた次の週の土曜日……
アマンダ「そろそろ出発しようかしら、準備はよい浅香?」
浅香「いつでも大丈夫ですよ、準備万端です」
執事「ご主人様、思う存分楽しんできてくださいませ」
お手伝い1「浅香、ご主人様のこと頼んだわよ〜」
浅香「お任せください。たとえ何が起ころうと、私の命に代えてでもお守りします」
御子息「お〜そいつは頼もしいな、浅香がうちに来てから一年弱くらいたつが随分頼もしくなったなぁ」
アマンダ「変わってないわよ〜出会った時からずっと頼もしかったわ」
お手伝い2「でも、浅香一年前とちょっとは変わったよね」
執事「そういえば、ここに来た時よりも少し笑顔が増えたような…」
御子息「確かにそうだなぁ、浅香!あんた綺麗な顔してんだからもっと笑ったほうがいいぞ!!これでもくらえ!!」御子息が変顔をする。
一同「ハハハ!」
浅香「フフッ」
アマンダ「ったくあんたはいつまで経ってもこどものままの馬鹿息子だねぇ」
お手伝い1「お、浅香今ちょっと笑ったよ〜効いてる効いてる」
御子息「ほらやっぱそっちの方がいいぞ浅香〜」
アマンダ「ったく…家のこと、頼んだわよ、そろそろいくわ」
御子息「任せとけ。浅香…母さんのこと、頼んだぞ」
浅香「はい!」
執事「では…」
一同「いってらっしゃいませ」
アマンダ「いってきます」
浅香「行って参ります」
〜回想・始〜
前日の夜…
ラム「久しぶりだな…マデイラ。音は聞かれてないだろうね?」
マデイラ「ああ、問題ない。それよりなんなんだ、次のチャンスの前日に電話をよこせっていうあのメールは」
ラム「任務の方はどうなっている」
マデイラ「報告してる通りだ、今までは想定外の状況が続いていせいで計画を実行できなかったが今回は大丈夫だろうな」
ラム「マデイラ…今までの君なら想定外なんて毎回簡単に乗り越えてきたじゃないか…どうしたんだ?」
マデイラ「一度のチャンスだ。失敗すれば潜入も途切れてしまう、想定外のことが重なっているために慎重に動いているだけだ」
ラム「ほぉ〜、そうか……まさかとは思うがお前が奴を殺すのをためらってるなんてことはないよな?」
マデイラ「ハッハッハッハ!何をいうかと思えば…ラム、あんたこそどうした…私を誰だと思ってるんだ?過去を振り返ってみろ、13で初めて任務を成功させてからこれまで幾度となく暗殺を成功させてきた…それはあんたが一番よくわかってるんじゃないのか?」
ラム「フン…たしかにそうだったがな。ではあの時と同じにしよう…自分自身がその手で証明したまえ」
マデイラ「証明?」
ラム「簡単なことだ。次にアマンダと羽田浩司が接触するそのタイミングで必ず暗殺を成功させる。それだけだ」
マデイラ「フン、それが証明か…いいだろう。つまらない疑いをかけられるのはシャクじゃない…どんなことが起きようとやってやるよ次のチャンスで必ず」
ラム「ハッハッハ、君からその言葉が聞けて嬉しいよ…では証明出来なかった場合は……わかってるな?」
マデイラ「フン、わかるもなにもそんな未来は来ない。あの時と同じだ…私の発言が真実になることをさっさと証明してやるよ」
ラム「では私もあの時と同じように遠くから君の帰りを待っているとしようか…」
マデイラ「ああ…じゃあ切るぞ」
電話の音が切れる。
ラム「……」
〜回想・終〜
アマンダ家のドアが開き、アマンダと浅香が外へ出る。手を振っている姿が見えなくなり、やがてドアが閉まる。ドアの鐘の音が響き渡り、運命の歯車が動き出したことをいま静かに告げた。
(続く)
【次回予告(11/12投稿予定)】
ついにスタートしたマデイラの羽田浩司暗殺計画。ラムからの指令が下り、計画は加速していく…アマンダと羽田浩司の運命は…!?
第六話「背信」 〜Masquerade〜
家から遠く離れたJuke Hotelにようやく到着したアマンダはチェックインを済ませ、羽田浩司が到着するまで自身の部屋1401号で待つことになった。羽田浩司が来るまでの時間は浅香も部屋に入りお茶を飲みながら談笑をすることに…
〜Juke Hotel 1401室〜
アマンダ「そういえばこの前の誕生日プレゼントはどうだった?」
浅香「私は今まであのようなものを携えたことがなかったので非常にありがたかったです」
アマンダ「最近若者の間で流行ってるらしいわよ。浅香、あなたが私のためにいつも一生懸命わたしを守ってくれてることにはとても感謝してるわ。でも、たまには羽を伸ばして自分の好きなことをしたらどう?20歳にもなったんだし化粧でもして、今度の休みに遊んでらっしゃい」
浅香「ありがとうございます。でも…私はこの仕事に誇りをもっていますし、アマンダさんのボディーガードをさせていただいているだけでも十分ですから」
アマンダ「そんな真面目なことばっかり言ってるとお嫁にいけなくなっちゃうわよ」
浅香「いえ、私は…」
アマンダ「フフッ…冗談よ、冗談。まあ…あなたの花嫁姿が見れるのはまだまだ先のことかもしれないけど…あなたの本来の姿を見れる瞬間はもうすぐそこまで迫ってきてるって私は信じてるわ」
浅香「本来の姿…ですか?」
アマンダ「あなたを飲み込んでいる呪縛が完全に溶け散って、その心の奥底に深く刻み込まれた過去の傷と向き合いながらも、本当の仲間とともに前を向いて歩いていく自尊心にあふれた姿よ」
浅香「そういうことですか…。お気遣いいただきありがとうございます、教会の仲間達とはいつか再会出来ればいいんですが…あの頃味わった恐怖に縛られている自分が心にまだ残っていて…なんとか克服できればよいのですが」
アマンダ「…大丈夫よ、心配はいらないわ。あなたならきっと乗り越えられる、私達がついてるもの」
浅香「励ましの言葉ありがとうございます。いつか…そんな日が来ることを信じて日々頑張ります!」
アマンダ「ええ」
浅香「あの……アマンダさん」
アマンダ「どうしたの?」
浅香「一つ聞いてもいいですか?」
アマンダ「あら珍しいわね、なにかしら」
浅香「あなたはどうして……私にそこまで」
アマンダ「…」
アマンダ「フフッ、あなたとても賢いのにそんな簡単なこともわからないの?いつも一緒にいるんだから…ご主人様の心くらい推理しなさいよ」
アマンダが冗談交じりに言う。
浅香「そ、そうですよね…自身で理解します」
短い沈黙が続いたのち、さりげなくアマンダがつぶやいた。
アマンダ「ねえ、浅香。私決めてるのよ…あなたの呪いが解けたら最初に言う」
アマンダがそう言いかけた時ドアをたたくノックの音がコンコンと部屋に鳴り響いた。浅香がドアの小窓から外を覗く。
浅香「アマンダさん、羽田さんがいらっしゃったみたいですよ」
アマンダ「あら、浩司さんも着いたのね。行きましょう」
浅香がドアを開く。
羽田浩司「こんにちは、アマンダさん。お久しぶりですね、2ヶ月ぶりくらいですかね」
アマンダ「こんにちは。毎回ありがとね、忙しいのに時間を割いてくるて」
羽田浩司「いえいえ、丁度束の間の休暇中に趣味でこちらのチェスの大会に出させていただくことになっていたので」
アマンダ「あら、チェスもやるのね浩司さんは。休暇中も大会に出るなんて、休日にもトレーニングや勉強を欠かさないうちの浅香みたいだわね」
羽田浩司「チェスと将棋はとてもよく似てますからね。唯一大きく違う点を挙げるとすれば、チェスは相手の駒を倒したらその駒はもう使えなるのに対して将棋では倒した相手の駒を自分の駒としてもう一度使える点くらいですから…」
羽田浩司「あ、そういえばご挨拶遅れてすいません、浅香さん。いつもアマンダさんのボディーガードお勤めご苦労様です」
浅香「身に余る役を責任をもってさせていただいています」
羽田浩司「フフッ、お噂の通り謙虚な方ですね〜」
アマンダ「浅香はいつもこうなのよ。聡明な上にとても強くて、かっこいい女性なんだけど真面目すぎるところが玉に瑕なのよね〜。ま、端的に言えば可愛げがないのよ」
浅香「す、すいません」
アマンダ「まあボディーガードに可愛げなんて必要ないんだけどね」
…
羽田浩司「では前回はアマンダさんのお部屋にお邪魔させていただいたので、今回は僕の部屋でどうですか?」
アマンダ「ええ、喜んで」
浅香はアマンダの部屋の鍵を閉めた後四人は羽田浩司の部屋1412号室へと向かった。
羽田浩司が部屋の扉を開ける。
羽田浩司「どうぞ、アマンダさん」
浅香は部屋の中を鋭く見つめていた。
アマンダ「ありがとう」
SP「では羽田さん、私はいつものように門番をしております。過密スケジュールが続いてますし、安心してゆっくり休んでください」
浅香「アマンダさん、私もここで門番をしてます。久しぶりのアフターヌーンティーお楽しみください」
羽田浩司「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
アマンダ「了解!よろしくね浅香」
二人のボディーガードが部屋の扉の前に並んで立っている。右が羽田浩司のSP、左が浅香である。
………
扉が閉まってから長い間沈黙が続いていたが、ある時羽田浩司のSPがその沈黙を破った。
SP「どうしました?私の顔に何かついてますか?」
浅香「え??いえ、なぜですか?」
SP「鋭い目つきでこちらを睨んできていたような気がしたので…、この面構えのせいで目を背けられる事はあっても…じっと見つめられることは滅多にないんでねぇ」
浅香「いえいえ…あちらの通路で何者かが通ったような気がしたので少し気になっていただけですよ」
SP「それは失礼……人気(ひとけ)が全くないので職務に支障のない範囲で話しますが…そこまで神経を尖らせる必要はないですよ」
浅香「そうなんですか?」
SP「高を括ってないといえば嘘になりますが、彼らの前にはこのドアがありドアはロックされている。そしてそのロックされたドアを私とあなたが二人で守っている。この三重の壁を打ち破られるとは思えませよ。まあ私はともかく、あなたにかなう狡猾で屈強な人間などそうそういないでしょうからね」
浅香「あら、私のことをご存知なんですか?」
SP「ええ、羽田さんから少しね。アマンダさんを助けた時の話聞きましたよ。アマンダさんに急襲を仕掛けてきた三人組を偶然その場に居合わせたあなたが瞬時に制圧したと。アメリカで言えばシークレットサービス(SS)並みの早技だったらしいですね…」
浅香「いえいえ大したことないですよ、あの時はアマンダさんを助けることに夢中でしてたから…」
SP「しかもあなたはただのボディーガードではない。様々な知識と技能を習得しており、あらゆる分野に精通したとても頭の切れるボディーガードだとアマンダさんが絶賛しているみたいですよ…まあ先程も話にも上がりましたが、あなたはとても謙虚な方のようですからお認めになることはないんでしょうが…」
浅香「そんな…日本が誇るSPさんには敵いませんよ」
SP「ほぉ〜…あなたも私のことをご存知なんですか?」
浅香「いえ、特にアマンダさんから話を聞いたというわけではありませんが、左胸につけてらっしゃるSPバッチって確か日本の警視庁警備部警護課の人が付けてるバッチですよね。日本国が誇るとても優秀なボディーガードにまともな訓練も受けてきていない私のような分際がかなうはずがありませんから」
SP「なるほど、バッチですか…よくご存じで。しかしこのバッチのせいで、私が公安警察の人間と間違われることがこちらでは何度かありましたね。『SP=Security Police』はそのまま英訳すると公安警察になりますから仕方ありませんが…」
浅香「確かSPという略語自体アメリカのシークレットサービスSSを真似て作られたんでしたよね」
SP「ええ、その通り。我々は日本版SSのようなものですね……私から話を振っておいてなんですが…少し人の影もちらついてきましたしそろそろ職務の方に集中しますか」
浅香「了解です」
………
………
………
しばらくするとドアが開き、お茶会を済ませたアマンダが部屋から出てきた。
アマンダ「今日はわざわざありがとね、浩司さん。明日のチェスの大会も将棋も応援してるわ」
羽田浩司「いえいえこちらこそ。明日のチェスも本業の将棋も喜んでいただけるような輝きが放てるよう精進して参ります」
アマンダ「浩司さんの活躍、楽しみにしてるわね」
羽田浩司「…」
アマンダ「では、失礼するわね」
羽田浩司「あの、アマンダさん」
アマンダ「ん?」
羽田浩司「あの……いや、やっぱり大丈夫です。また次お会いした時にでも…」
アマンダ「…ええ」
アマンダ「門番ありがとね、浅香。結構長くて待たせちゃったし、部屋に戻って一休みしましょうか」
浅香「かしこまりました。それでは私達はこれで失礼いたします」
SP「羽田さん、私は引き続き門番の方に当たりますので部屋でゆっくりさなってください。明日の大会への準備もあるでしょうから」
羽田浩司「お気遣い助かります、そうさせていただきます」
アフターヌーンティーが終わり、アマンダと浅香は再びアマンダの部屋に戻った。部屋に戻った浅香は紅茶とコーヒーの準備をし始める。
浅香「アマンダさんはいつものアールグレイでよろしいですか?」
アマンダ「ええ、お願いするわね」
アマンダは椅子に腰掛ける。
………
浅香「出来ました、どうぞ」
浅香は湯気のたった熱い紅茶とコーヒーをアマンダの元へと運んだ。
アマンダ「!……」
浅香「どうかなさいましたか?」
アマンダ「いえ、なんでもないわ。どうもありがとう、あなたも疲れたでしょうから無理せず座りなさい」
浅香「これくらい全然大丈夫ですよ」
アマンダ「…そういえば浅香、紅茶を飲み終わった後で一つ話しておきたいことがあるんだけどいいかしら」
浅香「はい」
アマンダ「では頂くわね」
アマンダが紅茶を飲もうとした瞬間手が止まる。
アマンダ「そうだ、これだけは先に言っておくわ」
浅香「!……なんでしょうか?」
アマンダ「浅香、あなたはこの先も…私の、いや私達のボディーガードよ」
そう言い終えるとアマンダは浅香が注いだ紅茶を口にする。
アマンダ「…うぅぅぅぅ、ぐはぁ…」
アマンダ「…うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
浅香はもだえ苦しむアマンダの姿をただひたすら冷静に見つめていた。浅香はアマンダが動かなくなった所で脈を確認したのち一言呟いた。
浅香「何を言ってるんですかアマンダさん、今日で最後ですよ」
その後浅香は黙々と暗殺の痕跡を消しさったのち、外に出て羽田浩司の部屋へ向かった。浅香は羽田浩司の部屋へ向けて走っていき、羽田浩司のSPに焦って駆け寄った。
浅香「SPさん、大変なんです!私がお手洗いに出てて門番を離れて戻ったらなぜか部屋の鍵が開いてて、アマンダさんが部屋で倒れてて!」
SP「なんだと!?すぐに部屋に案内してくれ!」
SPは浅香とともに急いでアマンダの部屋に向かう。SPは警戒しながらアマンダの部屋の扉を開ける。
SP「な…まさか!?」
SPはアマンダの脈をみたり、アマンダの遺体をしばらく観察していた。
SP「残念だがもう亡くなっているといるとみて間違いない。しかし…妙だな。部屋は全く荒らされてない上に、遺体にも目立った外傷が全くない。どうやら事件の状況を探る手がかりは君の証言しかないようだが、とりあえずこのことをホテルマンと警察に連絡して…」
と言いかけSPが振り返ったその時、浅香の右足がとてつもない速さでSPの額に直撃した。
SP「ウッ……………」
SPは気絶した。一方浅香はSPから羽田浩司の部屋のカギを抜き取り、アマンダの部屋の外に出て鍵を閉めた。
そして再び羽田浩司の部屋へと静かに歩き始めた
(続く)
【次回予告(11/15投稿予定)】
ついに牙を剥き始めた浅香!彼女は標的「羽田浩司」の元へ!『羽田浩司vs.若狭留美』究極の心理戦が幕を開ける…
第七話「対峙」 〜烏丸家からの刺客〜
コンコン、若狭は羽田浩司の部屋のドアをノックする。羽田浩司はドアの覗き穴から浅香の姿を確認し、チェーンロックをかけたまま鍵を解錠しドアを少しだけ開け浅香に話しかけた。
羽田浩司「どうしました?浅香さん」
浅香「大変なんです!私が外のトイレに出て門番を離れているうちにアマンダさんが何者かによって殺されたみたいで!」
羽田浩司「…本当ですか?…そういえばSPはどこへ?」
若狭「すいません。私気が動転してしまって。すぐに警察官でもある彼に助けを求めたら現場に急行してくれたんです。私はここで待っているようにと言われたんですけど…羽田さんも来てくれませんか…私どうすればいいのかわからなくて」
羽田浩司「……」
浅香「……」
黙って考えこんでいた羽田浩司はゆっくりとチェーンロックを操作する。
羽田浩司「では…」
ガチャ、とチェーンロックを解除する音がなる。
浅香「フッ…」
羽田浩司「僕の部屋へどうぞ」
羽田浩司の言葉が耳に届いたその瞬間に浅香の脳から体へとストップの命令がかかった。
浅香「え…?」
羽田浩司「そちらの方があなたにとっても好都合なのでは?」
浅香「!……」
若狭がたじろんでいると
羽田浩司「さあ早く、その犯人がまだこのホテルで隠れていて急襲を仕掛けてくる可能性がありますし。私の部屋で安全を確保した上でホテルマンや警察、アマンダ家の方にもご連絡した方がよろしいのでは?」
浅香「ええ…そうですね」
浅香は言われた通り部屋に入り、部屋の鍵をロックした。部屋の中央で腕を組み仁王立ちして窓の外の方を見ている羽田浩司へあたりを見渡しながら少しずつ忍び寄っていく浅香に対して
羽田浩司「何をそんなに警戒しているんですか?この通り僕はこの通り丸腰ですし、ご存知の通り帯同しているSPは他にはいませんよ」
浅香「え?…それはどういう…」
羽田浩司「すぐに僕を殺さないんですか?という意味ですよ、アマンダさんを殺した犯人である、浅香さん?」
一瞬時が止まったようにこおりついた若狭だったがすぐさま嘲笑うが如く羽田浩司に言い放つ
浅香「突然何を言いだすんですか、羽田さん。ご冗談はよしてくださいよ」
羽田浩司「では浅香さん、あなたに一つ聞きますがなぜあなたは外のトイレを使ったんですか?門番を離れてリスクを追うよりも中に入り部屋のトイレを使ったほうがよりアマンダさんが襲われるリスクを最小限に抑えられるますよね。あなたがお手洗いに行くために部屋の中に入ったとしても、それを外でアマンダさんを狙っている犯人が知ることは当然不可能だ。よって犯人には部屋の中でまだあなたが待機していると思わせることができ、犯行の抑止力にもなる。アマンダさんが称賛するほど優秀なあなたならそれくらいの判断はできるはずですよね?浅香さん」
浅香「フフッ、羽田さん面白いことを言いますね。確かに一般的にはあなたの言う通りです。しかし状況に例外はつきもの。実は丁度あのときアマンダさんが部屋のトイレを使っていたんですよ。職務中だったので私はずっと我慢していたのですが、やはり生理現象ですからどうしても我慢ならず止むなく外のトイレを拝借したという次第です。扉には鍵をかけていましたしその鍵は私しか持っていない。トイレ中の短い時間でピッキングなどでホテルの鍵を開けるのは不可能。高をくくっていたと言えばそうなのですが」
羽田浩司「ほぉ〜、そうだったんですか」
さらに浅香が畳み掛ける。
浅香「棋士という職業柄仕方のないことなのかもしれませんがあなたは人の行動さえも深く考えすぎてしまう所があるようですよ、羽田さん。そもそも私はアマンダさんのボディーガードなんです。もちろんアマンダさんは厳しいところもありますし仕事は大変ですけど、アマンダ家では楽しく充実した日々を送っていました。とても有意義な仕事をいただいたと思っています。殺すも何も、私にはアマンダさんを殺す動機なんて一つもありませんしむしろ感謝してるくらいですよ?羽田さん」
浅香の繰り出す反撃に対し、羽田浩司が仕掛け始める
羽田浩司「確かに、どうやらそれは真実だったようですね。アマンダ家での人間関係も良好でなおかつボディーガードという激務を難なくこなし続け、アマンダさんに特に慕われていたあなたが恨みや怒りに任せて主人を手にかけるといった狂気じみたことをするはずがない、特に精神力に優れたあなたならなおさらね。しかしあなたが先ほど仰っていた通り、例外はありますよね?…例えばこう仮定するとどうでしょうか…」
浅香「ほぉ〜、なんですか?」
羽田浩司「実はあなたは…偽りのボディーガードだった、とね」
浅香「!!……いや…」
羽田浩司「おや?少々目つきが変わり始めましたが…まだ仮面をつけていなくてもよろしいのですか?」
さらに羽田浩司は追い討ちをかける。
羽田浩司「そしてアマンダさんを殺害したのはあなたの最終目的を達成するための一つの手段に過ぎない、ですよね?」
浅香「……」
羽田浩司「途中までは半信半疑だったんですけどね。あなたをわざと部屋へ誘い込んだときの動揺ぶりと僕の部屋に警戒しながら入る様子を窓の反射で見た時確信しましたよ…あなたが偽りのボディーガードであり、あなたの本当の目的はアマンダさんを殺害することではなく、僕を殺すことだとね。聞きましたよね?僕が部屋を開けたとき『あなたにとってもその方が好都合なのでは?』と。もしあなたがご主人様を自分の命に変えてでも守るというボディーガードとしての責務を全う出来ず動揺して失意に暮れているのならば、私の部屋に入ることをためらう理由など一つもありません。公衆の面前から立ち退くためにすぐにでも部屋(プライベートゾーン)に入ろうとするのが道理ですから。いくらボディーガードという高い精神力をもった人物だとしてもやはり人間であることには変わりはない、公共の場で取り乱さないために計り知れない自責の念に辛うじて耐えていていた状態なら、差し出された手を振り払う理由は何もない。部屋にすぐに入り失意のままに心が枯れて立ち尽くすか、その失意に耐えかねて慟哭してしまうというどちらかでしょうからね。特にあなたのようなとても真面目で優秀なボディーガードならなおさらね。一方でもしあなたが僕を殺すつもりで近づいてきたならば、僕の『あなたにとっても好都合なのでは?』という言葉を受けたあなたが何らかの反応を見せると読んでいましたよ。僕にとってあなたが私を殺そうとしていると読んでいながら部屋に誘い込むのは自ら形勢を損ねるような明らかに無駄な一手です。あなたほど優秀な人物ならこの一手を僕の罠と読み、部屋に入ってからも警戒するだろうとね。だからわざと部屋へと誘い込んだんですよ…あなたの真意を見抜くためにね」
浅香「……」
浅香が四冠王の前で絶句しているうちに、羽田浩司は浅香へとどめの一手を撃つ。
羽田浩司「つまりあなたの一連の計画はこうだ。まずあなたは僕と私的な交流があるアマンダさんに目をつけた。そこであなたの仲間にアマンダさんを襲うように仕掛け、それをあなたが偶然助けるような偽装工作を行うことでアマンダさんにとってあなたが命の恩人であり、凄腕の武術家であるという印象を植え付けるよう誘導した。そしてアマンダさんと交流を深めていく中であなたはアマンダさんにボディーガードとして雇われることに成功したんでしょう。さらにあなたはアマンダさんと僕が私的に交流するタイミングを待ち続け、そのチャンスで僕を殺す計画を実行した。人知れず僕を殺すには、僕の部屋で殺すのがもっとも都合がいい。そのためにはあなたは僕のSPと部屋の鍵を突破する必要がある。だからあえてアマンダさんを先に殺し、その現場へ僕のSPを事件現場に誘い込んだんです、彼の警察官という習性を利用して。この部屋の鍵はSPが持っているという保険もありますから、事件が起きたとなれば少しの間持ち場を離れてでも現場へと急行すると読んでね。そこでSPも封じ込め、おそらくアマンダさんの部屋の鍵を閉めて密室状態にしてから私の元を尋ね、適当な理由をつけて部屋の扉を開けてもらってわたしが出てきた所で襲撃して殺すという算段だった…違いますか?」
浅香「フフッ…」
浅香が蔑むような笑みを浮かべ始める
羽田浩司「ここまでにしましょうか?浅香さん。その仮面……とっていただけますよね?」
浅香の目つきがさらに鋭くなり、口元には笑みがあふれ、閉ざされていた口が開き始める
マデイラ「フッフッフ、ハッハッハッハ!!実に面白い…。私の心理の裏をかいて術中に嵌めることで私の全ての手を完全に読み切るとは…さすが天才棋士・羽田浩司だ!七冠王に最も近い人物だと目されるだけのことはある。久しぶりに味ったよ、この痺れる感覚を、実に見事だ。そうだよ私はお前羽田浩司を殺すためにアマンダ・ヒューズのボディーガードとしてアマンダ家に潜入した刺客だ…烏丸グループからのね」
羽田浩司「!…まさかあなたのバックにいるのが烏丸グループだったとは。なるほど…ということは財閥争いが起こる前に私を封じる手を打ったというわけですか」
マデイラ「ハッハッハ!さすが羽田浩司だ、物分かりがいい…おそらくそういうことだ。まあそんな話はどうでもいいさ…それよりも羽田浩司、状況をよく見てみたらどうかな?お前が打ったあの突飛な一手で確かにわたしの正体と真意を見抜くことは出来たようだが…一方で自分でも言っていたようにその一手によりお前が窮地に陥ったことは見ての通りだろう。丸腰だと自ら宣言していたが、どうやら本当に罠の類はこの部屋に一つも仕掛けられていないようだしな。さらにお前が私に疑問をもったのは私がお前とドアの前で話していた時点だ。そこからお前は部屋に入り、ただ窓の方を見つめていただけで助けを呼ぶ素振りすら見せなかった。よってこの部屋に監視カメラや盗聴器の類を仕掛けるタイミングはなかったし、妨害電波もセットした。つまり助けすらも来ない。お前は確かに秀逸な推理力をもった策士だ…それは認める。だが所詮ただの棋士。お前が私と武術で勝負をして勝てる可能性は0に等しい。すなわちお前が選んだ一手はいわば諸刃の剣…私の正体を知った代償にお前の形勢は地に落ちた。『万事休す』という局面にあることは誰が見ても明白だ…お前らの世界の言葉でいうなら『お前はもうすでに詰んでいる』ということだ。この絶体絶命な戦況を脱する手などもはや存在しない…お前に残された道は『死』のみ。そうだろ?天才棋士の羽田浩司さん」
羽田浩司「……(やはり彼女の読み通りだったようですね)」
(第二章完、第三章へ続く)
【次回予告(11/18投稿予定)】
激化する言葉の応酬!羽田浩司が浅香を部屋に誘い込んだ真意とは?果たして逆転の一手は存在するのか?
コメント
コメントを投稿